なくせ貧困、生活保護、審査請求

四人の審査請求人が切実な生活実態を訴える・富山で生活保護審査の口頭意見陳述

審査請求人本人に続いて、代理人が次のように陳述しました。
       口頭意見陳述              2013年11月1日
                              審査請求人代理人 弁護士 西 山 貞 義            
1 生活保護基準のあり方について
 処分庁の弁明内容は要するに,本件処分は,厚労省告示に基づき,生活保護法8条1項(以下,生活保護法のことを単に「法」という。)のとおり計算を正確に行っているのであるから,適法・適正であるというものである。
 しかしそもそも,生活保護制度は,法1条に明記されているように,憲法25条の要請を受けた制度である。この生活保護制度により保障される生活水準は法3条により,「健康で文化的な生活水準を維持することができるものでなければならない」とされ,しかも法1条,法3条の規定は,法5条により,「この法律の基本原理であつて,この法律の解釈及び運用は,すべてこの原理に基づいてされなければならない」とされている。
 したがって,生活保護基準は,憲法25条に定める「健康で文化的な生活水準」を維持できるものでなればならない。
 しかも,法56条は,「被保護者は,正当な理由がなければ,既に決定された保護を,不利益に変更されることがない」と規定している。
 憲法及び生活保護法のこの規定の仕方や法構造からすれば,本件処分が合憲性を持ち,適法と認められるためには,単に各福祉事務所長が「厚労省告示どおりに変更決定を正確に行った」というだけでは到底足りない。厚労省告示そのものが憲法25条の要請する法1条,法3条の趣旨に合致し,かつ,8条1項だけでなく同条2項にも違反していないことが処分庁によって証明されて初めて,法56条所定の「正当な理由」があると認められ,不利益変更が許容されることになるのである。
2 厚生労働省告示の内容自体が憲法25条に違反することなど
⑴ 憲法25条は,1項において,「すべて国民は,健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と規定し,さらに,2項において,「国は,すべての生活部面について,社会福祉,社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と規定している。   
 すなわち,すべての国民が,健康で文化的な最低限度の生活を権利として保障されることを求めることができるとともに,国は,すべての生活部面について,社会保障の向上及び増進に努める義務を負っているものであって,本来,その後退は予定されていないことに十分な留意が必要である。
⑵ 憲法25条は,単に「健康な生活」を保障するのではなく,「健康で文化的な最低限度の生活」を保障している。これは,ただ単に生命を維持することができる程度の生活を保障するにとどまらない。憲法25条にいう「健康で文化的な最低限度の生活」,法3条にいう「健康で文化的な生活水準」の内容は,個々人の尊厳が保障され,人間たるにふさわしい生活が営めるものでなければならない。
 ここで,WHO(世界保健機関)は,その憲章前文のなかで,「健康」を「完全な肉体的,精神的及び社会的福祉の状態であり,単に疾病又は病弱の存在しないことではない」と定義している。(昭和26年官報掲載の)。つまり,「健康な生活」とは,単に肉体的な疾病または病弱が存在しないというだけにとどまらず,精神的にも活力ある状態が保持され,社会的にも社会内で孤立することなく他者との関係が保持されている生活と捉えるべきである
 また,「文化」とは,真理を求め,常に進歩・向上をはかる,人間の精神的活動あるいはそのような活動によって作り出されたものをいう。人間が文化的な生活を実現するにあたっては,新しい知識や教養を身につけるとともにそれを生かして社会に働きかけ,他者からの評価を受けるなどの活動が必要不可欠である。
 以上より,憲法25条で保障される「健康で文化的な最低限度の生活」とは肉体的にも精神的にも活力ある状態が保持されること,新しい知識や教養を身につけ他者との相互関係の中で社会内でも孤立することのない状態を維持することをその内実とするものということができる。
⑶ そして,本件においては,厚労省自身がこのような憲法25条の要請に基づき「健康で文化的な生活水準」として認め具体化していた保護基準が,本件厚労省告示によって,過去に例がないほど大きく被保護者に不利益に変更されているのである。
 本件厚労省告示前の基準は,そもそも,「健康で文化的な生活水準」を維持するため最低限度の基準だったのであり,これを前例にないほど大きく被保護者に不利益に変更されると,被保護者は「最低限度の生活」を大きく割り込んだ生活を強いられ、「健康で文化的な生活水準」を保つことなど到底できないと言わざるえない。
 したがって,本件処分のもととなった厚生労働省告示の内容自体が憲法25条に違反しており,また,本日審査請求人が述べたような本件処分によって審査請求人が強いられている陥った生活状態が,憲法25条の保障する「健康で文化的な最低限度の生活」を下回ることは明らかである。
3 厚労省告示が法1条,3条及び8条2項に違反していること
 次に,本件厚労省告示(ないし,厚労大臣が定めた保護基準)は,法8条2項の定める,「要保護者の年齢別,性別,世帯構成別,所在地域その他保護の種類に応じて必要な事情」を正しく考慮せず,かえって生活保護費全 体の削減という至上命題のもと,需要とはかけ離れた統計データの恣意的抽出ないし分析を行った結果,「最低 限度の生活の需要を満たすに十分なもの」には到底満たない内容となっているから,法1条,3条及び8条項・ 2項に違反するという点について述べる。
⑴ 厚労大臣に認められた裁量の内容
ア 前述のとおり,厚労大臣によって切り下げられた保護の基準が被保護者にとって法3条にいう「健康で文化的な生活水準」を維持することができないものであれば憲法25条違反であるし,被保護者の保護受給権自体も,「健康で文化的な生活水準=生存権を保障する適正な保護基準による保護を受けうる権利」として把握されなければならない。
 したがって,厚労大臣の裁量は,憲法に基づく強度の法的規制を受けるというべきである。
イ また,法8条1項は,「保護は,厚生労働大臣の定める基準により測定した要保護者の需要を基とし,そのうち,その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行うものとする。」と規定している。すなわち,生活保護法に基づく保護の基準については,あくまでも要保護者の「需要」をベースに判断されなければならないのである。
 また,法8条2項は,「前項の基準は,要保護者の年齢別,性別,世帯構成別,所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮した最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであつて,且つ,これをこえないものでなければならない。」と規定している。
ウ したがって,憲法及び生活保護法の趣旨からは,「健康で文化的な生活水準」の判断は,あくまでも憲法に基づく生存権保障の観点から,要保護者の「需要」を基とすべきであり,かつ,生活保護基準は,要保護者の年齢別,性別,世帯構成別,所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮に入れて最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであつて,かつ,これを超えないものでなければならないことが求められる。
 したがって,厚労大臣の生活保護基準の設定・変更に関する権限は,上記の要件のもとに極めて限定された裁量しか認められていないことに留意が必要である。
⑵ 厚労大臣の裁量違反
 しかしながら,厚労大臣は生活保護予算削減を至上命題とし,以下に述べるとおり,裁量権を逸脱して告示を示したのであるから,法1条,3条及び8条1項・2項に違反する。
 すなわち,要保護者の「需要」とは全くかけ離れた,「国費ベース」での「財政効果」を見込んで定められた今後3年間の生活扶助費削減額670億円  のうち,まず,厚労省が「ゆがみ分」すなわち「生活保護基準部会における検証結果を踏まえ,年齢・世帯人員・地域差による影響を調整」した結果と標榜する90億円分については,生活保護の捕捉率が高々3割にも満たない中で,最も低所得者の層であって生活保護を受給できるのに受給していない生活保護漏給層を極めて多く含む第1・十分位を生活扶助基準と対比する一般低所得世帯として設定した手法自体に問題がある。その手法を採用した社会保障審議会生活保護基準部会報告書ですら「検証結果に関する留意事項」において「今回の手法についても専門的議論の結果得られた透明性の高い一つの妥当な手法である一方,これが唯一の手法でもない。今後,政府部内において具体的な基準の見直しを検討する際には,今回の検証結果を考慮しつつも,同時に検証方法について一定の限界があることに留意」すべきと指摘しているほか,様々な観点から安易な引き下げに釘を刺しているのである。
 厚労大臣は,このような手法自体の問題点や報告書の指摘をあえて無視し,要保護者の「需要」とは全く関係がない「国費ベース」での「財政効果」,すなわち,生活保護予算削減のため告示を示したのであって,その裁量権を大きく逸脱して告示を行ったといわざるをえない。
 また,厚労省が「デフレ分」すなわち「前回見直し(平成20年)以降の物価の動向を勘案」したものであると述べる580億円については,そもそもこのような「デフレ論」自体,生活保護基準部会でも全く検討されず突然持ち出されたものであって専門家による吟味を一切経ていないうえ,基準年の設定の仕方も総務省統計局が行う通常の方式とは全く異なり,しかもそこで用いられる「生活扶助相当消費者物価指数(CPI)」についても,物価下落の主因となっている電気製品の値下がりが過大に影響するなど,法8条2項が定める生活保護利用世帯の「生活の需要」ないし実態と大きく乖離している。
⑶ 以上要するに,厚労大臣は,その裁量を逸脱して,法1条,3条及び8条1項,2項に違反する告示を行ったのであり,この告示に基づく本件処分は,法56条にいう「正当な理由」がないと言わざるを得ない。
 したがって,本件処分は直ちに取り消されるべきである。
                                           以 上

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